2007年12月05日

結婚生活への侵入者たち

結婚生活をおびやかすのは誰か。永遠の愛を誓ったはずの二人の結婚生活をおびやかし、破壊するのは誰か。
離婚の原因としてどちらか一方の異性関係がまず第一位にあげられる。夫が魅力的な独身の若い女性を選ぶ場合は、結局、妻を捨ててその女性のもとえと走ることが多い。
また夫が、美しい妻を籠の鳥のように部屋に釘付けにしていると、若い色男が彼女を見つけ手練手管をつかって誘惑し、そして妻を寝とられ、夫はわらいものになる。






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2007年12月04日

愛しつづけること


恋は熱しやすくさめやすい。結婚してからも愛し続けることは、そう容易なことではないが、それはどうしてなのだろう? またいったんさめた愛を取り戻すことは可能だろうか?
愛し続けられない要因はなんだろうか。
第一に、愛情をきづきあげる能力があげられる。それは個人差がある。 その能力はの多くは幼児期に家族との間で体験する。最初の愛情関係の強さや質に原因が求められる。
幼児期に母親、もしくは母親がわりとなる人からあたたかい永続的な関係をむすぶ機会にめぐまれなかった人は、冷たい、愛情の欠けた人間に成長し、一人の人間に愛情をかたむけることができなくなりがちである。
たくさんの相手と短い表面的な恋愛をする人は、このような境遇で育った人がおおく、深い愛情をかたむける能力がないといえる。

結婚した二人をしばしばおそう倦怠感、・・・あれほどまでにはげしくもとめあった情熱はどこにいってしまったのか。愛しつづけることは容易ではない。















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こどもを欲しがらない夫

こどもをもちたい妻の切実な望みにもかかわらず、それを耳をかさずに、不幸な結果をまねくような夫がいる。どうして彼らは、そのようなに、父親になることをこばむのか。

夫がこどもをこばむ理由

結婚して早々は、、父親になりたくないというのはもっともで、経済的な制約が原因しているのがふつうである。住宅状態が適さないとか、家を買うための積立てに妻の収入が必要だとか、配偶者の身内と暮らしているとか、定職についていないなどである。

「こんな世の中が混乱しているときにこどもをつくるのは罪つくりだ」といった意見も、結婚したてのころは、よく男性がいうが、これは、年長者たちが「ちかごろの若者は」というのと同じで、単なる理屈のための理屈にほかならない。 そのうち、年月がたつにつれて、ほとんどの男性は、そういうことは言わなくなるものだ。 その後も、しつこく言い続ける男性の中には、自分の性的能力に自信がもてず、こどもができないのは自分のせいではないかという、人にはいえない不安をかくすために、カムフラージュとして、「こんな世の中では・・・云々」という男性もいる。


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2007年12月03日

沈黙か話し合いか


長続きしている結婚では、浮気のことなど一度も話されたことがないのに、夫婦のどちらもちゃんとそのことを知っているとういことはよくある。多くの主婦は、まず家庭とこどもが大事だと考えている。それが家の外でひかえめにやられるかぎり、主婦たちは夫の浮気をあまり気にかけないし夫婦間でそれを議論することもけっしてない。

両者にとって沈黙は金の場合がしばしばあるのだ。しかし両者ともそれを受け入れ、合意にたっしてはいても、浮気の当人が自分の伴侶にそのことを口にするだけの勇気がないこともある。こういう状況では、夫婦の話し合いが暗雲をとりはらってくれるものである。

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笑いと愛情

二人がけんかをする。 じっとたがいをにらみつける。だが、どちらからともなく笑い出す。そして、仲直りする。   なぜ人は笑うのか。笑いが愛情やセックスにおいてはたす役割はなんであろう。

笑いは緊迫した空気をやわらげ、いたずらな恐れや不安を解消してくれる。恋人同士がたがいに見かわす笑顔は、その効果をさらに大きくする。












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過去の恋愛に学ぶ

ほろにがい初恋の思い出、そしてはげしく燃えた盲目の恋、恋愛の終わりはいつも悲しい。だが、いたずらに感情に埋没することなく、真摯に過去の恋愛から多くを学ぼう。















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夫婦の愛の営みにおける冒険


夫婦関係は、性愛の歓びとスリルには不向きであるとするのはまちがった考え方である。間隔をマヒさせ衰弱させるポルノ的情報の氾濫のなかで、性愛の歓びをたかめるにはどうすればいいか。 肉体的にも情緒的にも満足のいく愛の営みは、二人のあいだに信頼がつちかわれ、性交にふさわしい環境があってはじめてえられる。 結婚生活におけるセックスがしばしば退屈なものとなるのは、多くの夫婦が、その愛の行為がどんなにすばらしい可能性をひめたものであるかを、十分理解していないからである。夫婦はとかく型にはまってしまい、いつのまにか惰性でしか愛をかわさなくなってしまう。しかし、ベットの行為は、食事や起床の時間とはことなり、規則正しさなどは不必要である。ベッド以外ではしてはならないものでもない。惰性を回避するために、形式にこだわらず、むしろ、それをやぶることが必要である。金曜日の夜になると、きまったようにベッドにはいり、10分後におきまりの前戯と体位でおこなう性交などは、毎週金曜におなじ皿でおなじ献立の夕食を食べるのと同じように退屈なものだ。


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2007年12月01日

子持ちの再婚


子持ちの再婚者も、その結婚相手も、こども
の存在によって結婚生活に不安を感じるもの
だ。しかし、おたがの愛情と、こどもの問題
に積極的にとりくもうとする姿勢があれば、
何も恐れることはない。

夫婦の一方が子持ちの再婚者であるばあい、
結婚生活の成否は、夫婦がこどもの問題にど
う対処するかによってきまってくる。彼らは
結婚する前に、子供の存在によって生じるか
もしれない問題について、十分話し合ってお
く必要がある。継母あるい継父になる者は、
相手の子供のことをよく知り、その子と仲良
くなっておくことが大切である。同時に結婚
する男女は、お互いに対して何を、期待して
いるのかをはっきりさせ、こどもの存在によ
って生じるかもしれない問題に、十分対処で
きるという自信をもつべきである。

再婚者の心のささえ
こどものいる者は、自分が子持ちであること
で、再婚に対して、負い目やためらいといっ
たものを、どうしてもおぼえるものだ。 子
持ちの女性は、こどもに新しい父親をおしつ
けてよいものだろうか、自分勝手すぎないだ
ろうかなどと思いわずらうだろう。また、再
婚相手にこどもを引き受けてもらう権利があ
るだろうか、彼がこどもをこころよく迎えて
くれるだろうかなどと悩むだろう。彼女は、
自分自身の幸福とこどもや再婚相手の幸福と
のつりあいを考えなければならない。

いっぽう、子持ちの男性が再婚しようとする
場合には、自分が子持ちであることから生じ
る悩みは、女性ほど深刻ではない。 再婚し
ようとする男性は、こどもには、母親が必要
だし、新しい母親ができれば、こどもも幸せ
になると考えるものだ。また彼は、自分の伴
侶となる女性が、すすんでこどもと新しい親
子関係をつくりだすだろうと、楽観的に考える。

じつの親にとって、結婚相手が自分の連れ子
をかわいがってくれるには、うれしいものだ。
それは、夫婦の愛情と信頼をますます強める
ことにもなる。

実の親子でないことが双方の利益になること
もある。それは友だちになれることである。
実の親にように、わが子かわいさのあまり盲
目になることがないので、実の親よりも、こ
どもの悩みや要求を冷静に理解できる。

たしかに、子持ちの再婚はさまざまな困難を
ともなうものかもしれないが、その困難に耐
えるだけの愛情と話し合いがの姿勢が夫婦に
あれば、恐れることはないのだ。



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2007年11月30日

女性は誘惑されるだけなのか


誘惑するのは男性で、誘惑されるのが女性だと
考えられている。それはなぜか。本当に女性は
いつも追われ役か。女性が男性を誘惑すること
には、どんな問題があるか。

誘惑ゲームにおける女性の役割は、常に追われ
役であり、男性の巧妙な策略にひっかかってし
まう、あわれな犠牲者である。女性はシカであ
り、男性はハンターである。ときには、女性が
トラであるかもしれないが、落とし穴を掘って
彼女を捕まえるのは、常に男性のほうなのであ
る。

女性は、男性に誘惑されることによって、自分
の能力をためす。多くの女性は、自分自身の容
姿や機知、性的魅力に自信をもっている。とこ
ろが実際は、カサノバ的男性の魔の手にかかっ
て、誘惑されては捨てられて泣きをみる女性が
多い。 個々の女性にとっては、それは他人の
話なのである。自分こそは、誘惑されても捨て
られはしない。自分は他人とは違って、男性を
長い間ひきつけておくことができるという確信
をもっている。そしてこころみに誘惑されてみ
る、というわけである。そのこころみは、みじ
めな失敗に終わることが大半である。

エジプトのクレオパトラや、イギリスのアンや
プリンなどの歴史上の人物、および一部の有名
女優、タレントなどは、男性を誘惑することに
成功している。しかし、現実の一般的女性とな
るとそうはいかないのが現状である。  誘惑
的な女優は、歓迎されるが、誘惑的な一般の女
性は、あまり歓迎されないのである。 いたず
らに男性を刺激し、興奮させる女性というのは、
せっかくの気分をこわしてしまうという男性す
らいる。

めざす男性に接近し、彼のためらいをおさえ、
彼を征服するという女性の誘惑は、男性の誘
惑にくらべはるかにむずかしい。 女優や女
性タレントの誘惑テクニックはお手本になる。
しかし、それをそのままマネすることは現実
的ではない。 どんな女性も、女優のような
容姿や肉体的魅力をそなえているわけではな
いし、たとえもっていたとしても、うまくい
くとはかぎらないのである。




posted by chihiro at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月29日

週末のあいびき

恋人たちが、何もかも忘れて二人だけです
ごすロマンチックな週末。
それは、夫婦にとっても、みずみずしい興
奮をとりもどして、愛を確かめあうための
絶好の機会となる。

二人だけの週末は、恋人たちのものだけで
はない。むしろ、夫婦にこそ必要なものだ。
週末は、夫婦が単調な日常生活の繰り返し
から解放されて、ほっと一息つき、おたが
いを男と女として見つめ直す機会となるの
である。

ホテルや別荘ですごすロマンチックな週末は、
新しいセックスの方法をためしてみる絶好の
機会である。ふだんとは違う場所にいること
から生じる興奮は、それだけでも強い性的刺
激となって、二人をより大胆にさせることだ
ろう。

週末は、二人が愛をたしかめあうための最高
の機会なのである。



posted by chihiro at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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