2007年12月03日

沈黙か話し合いか


長続きしている結婚では、浮気のことなど一度も話されたことがないのに、夫婦のどちらもちゃんとそのことを知っているとういことはよくある。多くの主婦は、まず家庭とこどもが大事だと考えている。それが家の外でひかえめにやられるかぎり、主婦たちは夫の浮気をあまり気にかけないし夫婦間でそれを議論することもけっしてない。

両者にとって沈黙は金の場合がしばしばあるのだ。しかし両者ともそれを受け入れ、合意にたっしてはいても、浮気の当人が自分の伴侶にそのことを口にするだけの勇気がないこともある。こういう状況では、夫婦の話し合いが暗雲をとりはらってくれるものである。

posted by chihiro at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

笑いと愛情

二人がけんかをする。 じっとたがいをにらみつける。だが、どちらからともなく笑い出す。そして、仲直りする。   なぜ人は笑うのか。笑いが愛情やセックスにおいてはたす役割はなんであろう。

笑いは緊迫した空気をやわらげ、いたずらな恐れや不安を解消してくれる。恋人同士がたがいに見かわす笑顔は、その効果をさらに大きくする。












posted by chihiro at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の恋愛に学ぶ

ほろにがい初恋の思い出、そしてはげしく燃えた盲目の恋、恋愛の終わりはいつも悲しい。だが、いたずらに感情に埋没することなく、真摯に過去の恋愛から多くを学ぼう。















posted by chihiro at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夫婦の愛の営みにおける冒険


夫婦関係は、性愛の歓びとスリルには不向きであるとするのはまちがった考え方である。間隔をマヒさせ衰弱させるポルノ的情報の氾濫のなかで、性愛の歓びをたかめるにはどうすればいいか。 肉体的にも情緒的にも満足のいく愛の営みは、二人のあいだに信頼がつちかわれ、性交にふさわしい環境があってはじめてえられる。 結婚生活におけるセックスがしばしば退屈なものとなるのは、多くの夫婦が、その愛の行為がどんなにすばらしい可能性をひめたものであるかを、十分理解していないからである。夫婦はとかく型にはまってしまい、いつのまにか惰性でしか愛をかわさなくなってしまう。しかし、ベットの行為は、食事や起床の時間とはことなり、規則正しさなどは不必要である。ベッド以外ではしてはならないものでもない。惰性を回避するために、形式にこだわらず、むしろ、それをやぶることが必要である。金曜日の夜になると、きまったようにベッドにはいり、10分後におきまりの前戯と体位でおこなう性交などは、毎週金曜におなじ皿でおなじ献立の夕食を食べるのと同じように退屈なものだ。


posted by chihiro at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。